現園舎を振り返って
2021.10.05
私がナオミ保育園と出会ったのは、1977年でした。保育園の園庭から園舎を見上げるとオレンジ色の屋根がまぶしいまだできたての園舎でした。その保育園を作るために先輩保育士たちが奮闘したこと、当時初代理事長でもあり園長だった菊田澄江が、石油ショックで建築費が高騰し苦境に陥りテレビで訴えたこと・・・・後に知ることになるのですが、この保育園を作るために多くの人が力を貸してくれました。保育行政が貧しかった時代、保育園が足りなくて「ポストの数ほど保育所を」と保育園の増設運動が盛んな時は少し過ぎていましたが、寄付を集めてなんとか園舎が完成しました。
完成して2年目に出会ったナオミ保育園は当時から園庭ではダイナミックにどろんこ遊び、真新しい園舎を遠慮なく使いどろんこの足で廊下を走り回る子供たち(当時幼児棟の廊下は土間のような作りになっていた)保育士が「コラ」というものの子どもたちにとっては外も中も同じといわんばかりの大胆さです。
現こばと組とゆり組を仕切っている壁は通り抜けができる穴がありました。残念ながら使いこなすことができず、後に埋めることになりますが、わくわくした思いで保育園を作ってきた先輩たちの思いが伝わってきます。
保育園の園庭遊びに超人気の虫探し、今も昔も変わりません。木々の根っこを掘ったり園庭をそこいら中に穴を掘っていると用務のおばちゃんに怒られたのは子どもだけではありません、保育士もおばちゃんの目を盗んで「ここは大丈夫」と子どもたちと一緒になって穴を掘ったのもついこの前のような気がします。
当時こばと、ゆり、すみれには午睡用の2段ベッド、3段ベッドがありました。衣食住を分離しようと考えて設置された環境ですが、見直しになりました。
時とともに変わっていくものもありました。子どもたちの元気は変わりません。
貧しい保育行政だけではなく建築費をさらに困難にしたのが、病後児保育室「バンビ」です。事業意義を企業に訴えその事業を評価していただき資金協力を訴えました。その甲斐あって三菱財団より「病児予後保育の開拓的実施」との応援メッセージと800万円の助成金寄贈がありバンビは保育園新設と同時に設置されたのです。
そもそも当時病児保育は認められておらず、1966年にナオミ保育園で始まり42年間保護者が支払う共済費で運営されていました。現在のバンビは2009年から今の形で運営されています。
1975年に完成した保育園は雨漏りや水回りの不具合などが発生し、数年前から改築の要望は職員からも出されていました。
子どもたちが遠慮なく使いこなしているこの保育園、長い年月の中で修繕を繰り返しながら使ってきましたがいよいよ改築となりました。
寂しい思いでいっぱいですが、新たな園舎を楽しみにしばらくの間仮園舎保育となります。通園にかかる時間、最寄り駅までの距離が変わってきます。
お父さんお母さんにはご苦労をおかけしますが、「玉川警察」「消防署」「郵便局」を身近な隣人として交流ができたらいいなーと思います。おかれた環境を十分に活用しながら、仮園舎での保育を子どもも大人も楽しんでいきたいと思います。(藤巻)
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